音楽と記憶
2026-05-02(土)
全体公開
■日記
2026年ゴールデンウィーク初日は正午。
仕事はありがたいことに休みだが、仕事着で外に出る。
病院にかかるため前開きの服で行く必要があると思い立ったのだが、
私服の中にはどう探しても条件に合う、すぐ着ていける服が見当たらなかった。
衣類の保管やメンテナンスを怠る無頓着な生活をしていることの証左に他ならない。
病院に到着すると門扉が人一人通れる隙間だけ開いていた
(これは本来「閉じていた。」と認識するべきなのだろう)。
今日はあくまで祝日ではない土曜、5月1日はただの土曜なのであり、
年が変われば平日になりうる日。2019年だけは祝日だったらしいけど。
だがまあサービス業や個人経営の病院が休むのは致し方ないこと。
「大型連休周辺の営業日について」というサイト表示はよく見るし、
休みであっても仕方がない、頷ける。
と、後ずさりして帰ろうかとしたところ、
同じく通院しに来たと思われる年配の方が近づいてくる。
「これ(門扉の閉じ方を指して)、○○病院休みなんですかね…?」
→自分 「そうみたいですねえ」
「でも電気がついてるみたいで(病院の階を指し示す)」
→自分 「確かに― 人が通ろうと思えばこれ、通れ…ますかね?」
少なく言葉を交わした結果、階段を上り2階の入口まで2人で行ってみることにした。
1人では行けなくても2人で勇気が出ることって、初対面相手だとしても目的を同じにしていれば起こりうるんだなと。ゆるい螺旋の階段をのぼるときの不思議なかすかな高揚感といったら、他の場面ではあまり感じない感覚で面白い。
期待を込めて登り切ったら、扉に張り紙。見るまでもなく本日お休みのお知らせだ。
仕方ないですね~と言い合いつつ、階段を下りる。
まあがっかりしたのは門扉を見た瞬間なので、この時点ではそう落ち込みはしない。
人ひとり分開いた門扉を順番に路上に戻ると、前方からナース服の2人組が付近のファストフード店の袋を下げて歩いてきたではないか。
要は昼の買い出しに出たその十数分だけ、2人の人間にチャレンジさせるだけの「門扉の隙間」が生まれていたという話なのだろう。
世間体には休みだけど実際には休みじゃないんだろうな。
ちょっと見てはいけないものを見たような感覚を覚えて、
申し訳ない顔をしながら、足早に我々は解散した。
そうだよね、いい陽気のゴールデンウイーク、職場でKFCチキンとか食べたいよな。
自分もやりたい。職場でチキン。
■経緯
家に長いこといることができる期間が今年もやってきたわけだが、
ためていた作業をしながら、適当に音楽プレイリストを垂れ流していた。
そこで流れる1曲で、急激に学生時代を思い出す。
当時の仲間と取り組んだ成果に関わる思い出深い曲。2015年リリース曲らしかった。
と思い出されるネット掲示板の記憶。検索してアクセスしたログイン画面を見るや、
メモを見ずとも(実際にはメモなど残していないのだが)IDとパスワードを打ち込めてしまうのだから、人間の頭は都合よくできているなと思う。
普段全く頭の端にも思い返さないのに、あるきっかけがあるだけでよくもまあこう芋づる式に引き出されるものだ。
(芋づるって地上の部分を指すのだと、今調べて出てきた。まあ語源とかは語感がいいから定着したとかそういうものなんだろう)
こういう感覚ってAIにはわかるものなんだろうか。AIの概念は当時もあったと思うけど、生成AIとかはなかったなあ。
記憶は音情報に紐づきやすいらしいと聞くが、こういうことが数年に1回あるような気がしているので、なんとなく本当だと思うのだ。
あ~、最初のゲムキログインはInternetExplorerだったし、
OSはWindowsXPだったような気もする。
ゲムキ競馬スレからポーカー対戦に発展したあの日の数戦とかまで思い出した。
確かフルハウス出て勝ったんだよな、よく思い出せるもんだ…
…
楽しかったですねえ。
…
当時の日記を読み返したら、さらに思い返されることが多くて懐かしくもなったが、
さすがに10年後の自分が真正面から読むに堪えないものもやはり多くて、
申し訳ないがある程度整理させてもらった。でも消すのはもったいないな。
わけもなく続く時のまた次の機会に、今日の日記を読み返したいものです。