「朝食の用意を手伝ってくれ。」
ふすま越しに、声が聞こえた。
私は台所へと急ぐ。
「あ、来た!」
「どうしたの?」
台所には、桐谷 稜くんと、轟 和馬さんがいた。二人とも幹部メンバーだ。
「いやー、隊長が熱出しちゃったみたいなんスよ」
洸が熱!?
「何それ、大雨が降るの?竜巻が来るの?」
「姫さん、隊長も人の子ッスよ……」
「俺たちは隊士の分の朝食を用意しなければならないから、佐倉に隊長の分を任せてもいいか?」
「うん、そういうことなら、任せて!」
私は快く、というか、はりきって承諾した。
洸は魚はあんまり好きじゃないんだよねー。
「和馬さん、卵ある?」
「ああ」
「ありがと」
とりあえず、たまご粥でも作ってあげるかな。
たしか、林檎も好きだったから、すりおろしてあげるか。
「あっ」
お砂糖がきれてる。
「少し、買い物してきます」
「いってらっしゃいッスー」
アヤカシに狙われてるけど……刀も持ってくし、少しくらいなら大丈夫だよね。
* *
「……桐谷、郁、しらねえか……?」
「え、姫さん?……そういえば、買い物に行ったっきり…」
「!?」
「ちょ、隊長、安静に…」
「熱なんてとっくに下がった!!」
「市之瀬君、オレも行くよ。」
武が名乗り出た。
「……よし、行くぞ。」
* *
「……どういうつもり?」
「いっただろ、迎えに来た、って」
私は、神鳥 悴と二人でいた。幸い、連れ去られることはなく、今は神社でお話中。
「私がなんだって言うの、普通の人間よ。」
「いや、それは違う。お前は吸血鬼だ。」
「は?」
吸血鬼?
「あのね、私は物語で聞くような吸血鬼の特徴である吸血衝動もニンニクも平気なの。」
「それはヨーロッパの鬼の話だ。日本国の鬼は何も欲しがらないし、恐れないのだからな」
「……それなら、私は吸血鬼じゃない……。」
だって私には、怖いものがある。恐れることがある。
「佐倉の姓とその刀。お前は人間じゃない。しかもお前は数百年に一度生まれる、『鬼姫』だ。その肉体を食ったアヤカシは最強なる力を手に入れ、契りを交わした鬼は全てを支配下に置く力を手に入れる。つまりお前は、アヤカシと鬼の強くなるための餌だ。」
私は、鬼……?
「俺なら、どんな奴からでも守れる。共に来い。」
神鳥 悴が手を差し伸べてくる。
私を見つめて、にこりと微笑んだ。
「郁!!」
何かが覚めた。
―――暗示!
気付かなかったという事は、相当の術者かもしれない。
「郁、大丈夫!?」
洸……
じゃ、ない。
「武……!」
「どーもー」
少し残念に思ってしまった私が心のどこかにいて、その私を今すぐひねりつぶしたくなりながら、悴の傍を離れる。
「私……あなたと一緒には、いれない。」
一番近くで、笑っていたい人がいるの。例え傷ついても、守っていきたい人がいるの。
「―――この……」
悴は私の腕をひき、鞘から出した刀を私の首筋に押し付ける。
「動くなよ」
(やだ、怖い……!)
「洸っ……」
恐怖でかすれた声で、そう助けを求めた。
「ごめんね、市之瀬君じゃなくて。」
私が目を強くとじた時、上からそんな声が聞こえた。
見れば、悴は倒れている。
「―――っ」
(助かったんだ、私……)
震えるわたしを見かねてか、武は声を出した。
「……怖かったね、えらいえらい。」
子どもをなだめるように
けれど、洸の前では強くあろうと思い、我慢し続けてきた私にとって、それは救いだった。
「……っひぐっ……ふっ……うぇっ……」
私の小さな泣き声が、静かな神社に響いた。
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