初夏。
今年はいつもと比べて少し気温が高い。


彼女が残していった写真を見つけた、と彼女の祖母が私に手渡してくれた。
…どれも2人で行った場所の写真ばかりだ。


私はこれを、この思い出を歩いていくことにする。










幼い頃、よく遊びにいっていた教会。
昔はそこそこ人も集まり、教会としての役割を果たしていたのに、今ではもう廃教会となってしまっていた。
よく中のオルガンで遊んでいたのを思い出す。
ピアノを習っていた彼女が、来るたびにそのオルガンで弾いてくれた曲が好きだった。
ピエロだかマカロニ見たいな名前の人が書いた、なにかの間奏曲。
私も、両親に無理を言ってピアノ教室に通わせて貰ったが、何年通っても全く成長しなかった。
それだけ通って、弾けるようになったのはベートーヴェンの「悲愴」だけだった。
才能がなかったのだ。
…あぁ、できることなら、もう一度聴きたい。
でも、もう、彼女の音は聴けない。
そう思うと、胸が苦しくなった。
教会を出て少し歩くと、市場通りに出る。
この通りにはよくストリートミュージシャンがやってきては、少し音程の外れたギターをかき鳴らして、か細い声で愛を歌っている。
はっきり言って上手くはない。少し聞き苦しいと思う。
それでも、彼女は楽しそうに聴いては、曲が終わるたびに大きな拍手を送っていた。
彼女はどんなものでも、否定をせずしっかり評価をする人だった。
そういえば、一度だけ来た男女2人組が歌っていた、負け犬が吠えたいあの歌は良かった。
あの2人は今どうしているのだろうか。



通りを抜け、少し山の方に歩くと、そこには小学校が建っている。
私が通っていた小学校だ。
放課後になると、よく彼女に連れられ、下校時間ギリギリまで図書室で一緒に本を読んでいた。
ネズミが新しい住処を探しに大冒険する話が特に好きで、それをもとに作成されたアニメもテープが擦り切れるほど見返した。
あれが私が最後に見たアニメだった。
いつだったか、美術の時間に描いたお互いの似顔絵はまだ展示室に飾られているのだろうか。
彼女が必死になって描いた似顔絵はお世辞にも似てるとは言えない出来だった。
絵はてんでダメだったが、写真を撮るのは非常に上手かった。
何かあるたびに、教師も彼女に撮影をお願いしていたほどだ。
「その時その時を、ありのまま切り取ってくれるから、写真が好き。いつか写真家になりたい」
何かの時にそう言っていたのを覚えてる。
小学校の脇の通りには老夫婦で経営しているこじんまりとした駄菓子屋がある。
週3回はそこへ寄り道していた。
彼女はよくカルメ焼きを買って美味しそうに食べていた。
それをみて私もカルメ焼きを食べてみたが口に合わなかった。
今ならきっと、普通に食べられるのだろう。
中は当時通っていた時のまま、何も変わっていなかった。
レジ横に置かれた薄茶けた写真立ても健在だった。
仲良くならんだ若かりし頃の夫婦の写真だ。
老夫婦も変わりもない。
ここだけ時間が止まっているのではないかと思わされてしまう。


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