そして次の日、事件は起こった。

それは朝のことだ。

いつも通り、ガールズバーでの仕事を終えて、少しだけ寝てから学校に来ると、私の下足入れの前に、相川ゆらが立っていた。

くるくるのツインテールに、くりくりした二重。口から覗く小さな八重歯に、細い手足。

はたから見れば可憐な美少女、しかし私にとっては悪魔にしか見えない。


私が、どうしようか迷って昇降口でもたもたしていると、相川ゆらが歩み寄ってきた。


「矢原...美雨ちゃん、だよね?」

可愛らしい声が、頭をくらくらさせる。このまま逃げてしまいたい。

でも、逃げてなにになるのか分からないし、それで生意気だと言われたら嫌なので、私は小さく頷く。

「やっぱり!あの、覚えてるかな。同じ中学だった、相川ゆらだけど...」

あんなひどいことばかりしておいて、覚えてるかなんて馬鹿にしてるとしか思えない。

わたしが苛立った顔をしたのがわかったのか、相川ゆらは「覚えてるよね...うん、」とつぶやいて、少し私に近づいた。

そして、ツインテールが揺れたかと思うと、相川ゆらは私に向かって勢いよく頭を下げた。


「中学の時はひどいことしてごめんなさいっ!」

私は驚きのあまり、一歩後ずさる。

そんなこと言われるなんて思ってなかった。

「矢原さんが羨ましくて!話しかけてもない友達の彼氏に好かれて、そんなに可愛いのに一匹狼で媚びてなくて...ゆらの持ってないもの、たくさん持ってたから...」

語尾の方は小さくなっていって、よく聞き取れなかったけど、相川ゆらが私を羨ましいと言ったのは聞こえた。

「…そうやってまた、私をいじめるの?」

「違うよ!ゆら、矢原さんと友達になりたいの!本当は入学式の時に気づいてたんだけど、ゆらあんなことしたし、矢原さんに迷惑かなって思ったの。だからずっと声かけなかったんだけど、やっぱりちゃんと謝って、友達になりたいと思って!」

目に涙を溜めて叫ぶようにして言う相川ゆらを私はじっと見つめる。

…嘘のようには見えない。

「…美雨でいいよ」

私がそう言うと、相川ゆらは華が咲いたようにパッと笑顔を浮かべて、頷いた。

別に友達になったわけじゃないんだけど、こんなことで許してしまうなんて私は甘い。

それも昨日、彼に会えたせいかもしれない。

「美雨!これから友達ね!ゆらって呼んで〜」

「…ゆら、」

するっと腕を絡めてきて、驚いたけど、その腕は暖かくて、私はなにも言わずそのままにした。

小柄な彼女と女子にしては身長が高い方の私は、いい身長差で。

こんな子にいじめられてた自分が情けなくなって、私は小さくため息をついた。


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rainy song #4 s.1
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