揚子江からやってくる温帯性の気団が偏西風に乗って日本上空まで到達すると、群青に凍り付いていた冬の空がソーダ色に溶解し、そして桜が咲いて、ようやく世界は春を迎える。

それは感動的な出来事だった。

しかし俺は……というか、俺達日本人(と括ることは些か恐縮だが)は、そういう季節転換のサイクルにすっかり慣れっこになって、そういう時々の世界の変遷に感動をする感性を失ってしまった。
そりゃ、無論四季を大事にしたがる人種がいることは否定しないさ。
けど、ヨーロッパあたりからの留学生がピュアに感動しているのを見ると、なんだか負けた気分になってしょうがない。

事実その日(というのは、始業式の朝のことだが)の俺も、すっかり模様替えした春の風情に対し、特に何も感じるようなことはなく、どちらかというと学校が始まるという絶望感にさいなまれてばかりで、脳内には不満の言葉が浮漂し、増殖を続けていた。

風にあおられて目にうるさい塵芥のきりきり舞いなどに、俺はもういちいち嬌声を挙げたりしない。そんなサービス精神は俺の体から、心から、とっくに排斥されてしまっている。

そして、俺と同じく学校への道のりを歩く制服姿の少年少女からも、その純潔さは失われているらしく、皆が一様につまらなそうな顔を引っ提げて、俺達はシベリアを征くナポレオン軍のように無言の行軍を続けていた。

さて、我ら清く正しい中学生連隊の敵はどこにいる。
俺達は誰に向けて引き金を引けばよい。
俺達は何に向かって進んで行けばよい。

なんて、そもそも、銃なんか一生握ることさえないのにな。
そんなことを考えながら、俺は一人乾いた笑いを浮かべながら、それを隠すために口元を抑えることに必死だった。

今思えばこんな皮肉な想像はない。俺は自ら考えだした皮肉に皮肉を言われることになる。

そうさ、俺たちは兵隊だったんだ。地球と言う万年戦場の上に生きる一匹の兵士に過ぎない。
後悔したくなければ銃を手放してはいけない。どんな疲労の中であっても常に気を緩めてはいけない。

敵はどこにだって潜んで、手ぐすねをそこかしこに張り巡らせて待っている。

それを忘れていたのだから、俺は誰も責めることなどできない。
自分以外の誰をも、責めることはできない。

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