わかれの淡


涙はどこからやってくるのか、考えたことがある。

蘭学的に言えば、それは何一つロマンも趣も欠片もないつまらない生理というシステムでしかないのだが。

私はそうは思わない。

何故って、こんなに胸を圧迫されるものなのに

何故って、こんなに切ないものなのに

そんな一言で片づけられるような感情ではないのに

そう言ってしまうのは、あまりに非情なことだと、私は思えてならないのだ。



「ねぇ、泣いてるの……?」

彼女が、私に問いかけてきた。
私は、ぐしゃぐしゃになっているであろう顔を、横たわっている彼女ほうへ、ゆっくりと向ける。

静かで質素な和室の真中。外からは小ぶりの雨が瓦を叩く微かな音が聞こえてきている。
暗く湿った部屋の中に敷かれた布団の中に、彼女は寝そべっていた。


「……あぁ。」


ぐずぐずと、情けない鼻をすすりつつ、私は彼女の目を見つめる。
艶のある真っ黒な瞳が、私をずっと、確かめるように見つめているのが分かる。


最後まで、最後まで私を、確かめてくれているのが分かる。

……それが嬉しかった。

だが同時に、とても切なかった。


「じゃあ、私は嬉しいわ。」


弱弱しく、彼女はニコリと笑みをこぼした。

狂おしいほどに愛しい。手に入らないと分かると、尚更胸が締め付けられる。
私は身を乗り出して、彼女の瞳を覗く。

溢れた涙が、襟、首、頬へと落ちた。


「……あったかい。」


微笑んだまま、そう呟く。
逝かないでくれ、ずっと一緒に居るって言ったじゃないか、まだ俺にはお前が……。

そんな言葉を吐瀉しかけては、何度も何度も呑みこんだ。

彼女だって、本当は、死にたくなんかないはずだ。

その目が物語ってくれている。

私の顔を、ずっと、輪郭を、瞼に焼き付けようとしているかのように、色を、網膜に刻もうとするように、彼女は確かめていた。

そんな彼女に、私は何を言うことができるだろう?

頭の中ではいろいろ考えているのだけれど、次から次へといろんな感情があふれだしてきて。

どうにも、止まらんのだ。



「……ねぇ、一緒に寝ましょう?横になると……庭の緑が綺麗よ……。」


白い腕が私の頬を撫でる。酷く冷たくて、とても生きてるとは思えない、血の気のない真っ白な腕。

その手を両手で包みこんでみると、それでもちゃんと、トクントクンと心臓の鼓動が伝わってきて、あぁ、まだ生きてくれているんだなと分かった。

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