私は彼女の隣で、横になった。
彼女のほうから、椿のような香りがする。
しとしとと小雨が降る中、中庭の池の周りの芭蕉が、静かに葉を揺らしているのが、彼女の向こう側に見えていた。
「ねぇ、あなた?」
彼女は、淡く消えそうな声で、私を呼んだ。
「ん……どうした?」
彼女は、血の気のない頬を少しだけ朱色にそめて、優しげに笑う。
うるんだ瞳を見つめていると、どうしても抗えないような、不思議な痛みに襲われる。
「……キス、して?」
彼女は確かに、そう言った。
這うほどの力もない指が、私の頬を包む。
私と彼女にとって、それはとても、とても……とても残酷な行為だ。
明日別れるかも知れぬ恋人と、最初で最後の接吻。
こんなに非情な運命なんて、私は信じたくない。
だが、それが彼女の願いなのだ。
もうじき逝ってしまう彼女が望む、やりのこした未練なのだ。
悲しくて、悲しくて仕方がないけれど、彼女が喜ぶのなら、私はしてやりたかった。
「……あぁ。」
私がそう答えると、彼女はゆっくりと瞼を閉じた。
彼女の体をひっしと抱き寄せ、私は甘い香りに身をゆだねる。
その時、私たちは、初めての口づけをかわした。
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わかれの淡 s.1
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