『名もない時代の集落の
  名もない幼い少年の
  誰も知らない おとぎばなし』




 昔、少年の生きる時代では、双子は忌み嫌われていた。
   双子は、災いをもたらす。そう信じられていた。
 周りの見る目は、厳しいものだった。
 親は、双子であった僕達を捨てた。
 暴力や嫌がらせにおびえながら生きる毎日。
 しかしそれも、何年も続いてくると、慣れてしまうものだった。
 昔は悲しいと思っていたのだろうが、今の僕にはそんな感情、もう無かった。
   ある心やさしい人は、僕を連れて逃げだそうとした。
 馬鹿だな、ばれたらもっとひどい仕打ちを受けるのに。
 そう思っていても、僕は引かれた手を離さなかった。
 むしろ、其の人よりももっと強く握りしめた。
 逃げだしてみたい。
 出来ることならば、僕が双子だという事を知っている事のいない世界に行きたかった。

 知りたい。
 僕の知らない、優しさを
 知りたい。
 僕の知らない、ぬくもりを
 もしも逃げられたなら、この人は僕に優しさを、ぬくもりをくれるだろうか。

 --そんな期待も、すぐに崩れた。




 僕達は、見つかった。
 見つかった僕は、また、暴力を受け続けた。
 あの人は、殺された。
 何なんだ、こいつらは。
 忌み子である僕が消えるのが、嬉しくないのか。

 なんであれ、僕がひそかに抱いた夢は、夕日と共に沈んでいった。




 暴力、暴力、暴力。そして迫害。
 いつもの事に、大して気持ちも動かさずに僕はただ耐えていた。
 大人たちが僕のことを置いて、仕事に戻る。
 誰も居なくなった時、僕によく似た少女がそこに立っていた。

 「君の名前が知りたいな」

   少女は微笑んで、そう言った。笑顔の陰におびえがあるのも、分かっていた。
 何も言えない。
 僕には舌ないから。
 ごめんね、話したくても、話せないんだ。

 「一緒に帰ろう」

 家も居場所もない僕に、少女はそう言う。
 ただ、その言葉が、僕の中で何度も繰り返された。
 --一緒に帰ろう

 --僕は帰りたい。

 そうして僕は、少女と二度目の脱走をする。





   強く握られた少女の手は、小刻みに震えていた。
 けれど、その手は温かくて。
 慣れていないんだ、こんな事。
 真っ直ぐなぬくもりが、僕に向けられるなんて事。
 優しいぬくもりが、僕の手を包んだ。
 手だけのはずだった。それなのに僕は、まるで僕自身を包んでいてくれているように思ってしまう。
 見つかったら、罪になる。
 僕を連れ出そうとしたことが見つかれば、この子は殺されてしまう。それなのにどうして、この子は僕と一緒にいてくれるんだ。雨がやむのを待って、僕と逃げようとしてくれるんだ。
 なんでこの子は、こんなに優しいんだ。

 雨粒はもう僕の体を打たない。

 脱走劇が、始まる。




 逃げて、一日が経った。
 幸せだった。
 初めての感情に、たくさん出会った。
 少女は、「疲れたね」と言って笑っている。

 そんな僕達の前に、見覚えのある人間が、暗い雰囲気を纏って現れた。

 村の人間だ。

 捕まる。

 僕達は走った。

 捕まりたくない。せっかく、せっかく逃げてきたのに。
 こんなところで捕まったら、あの子は、殺されてしまう!
 いらない。
 僕とあの子以外、この世界には、いらない。

 『------■■■』

 なんだか、知らない声が聞こえた気がした。
 その瞬間、僕と少女以外の人間が、夕闇に吸い込まれて消えた。

 --嘘だろ。

 僕が望んだとおりに、消えた。
 ありえないことだ。
 けれど今は、これで良い。
 あの子と一緒に、居られるのだから。

 『---------』

 好きになれない耳鳴りは、夕焼けの中に消えてった。




ボーカロイドに戻る 読物へ