桜が、舞う。
 ゆっくりと、なるべくおろしたばかりの靴を傷つけないように、慎重に足を進める。
 はらりと舞い落ちてゆく花弁達を見て、なんだかせつないようなものを感じた。
 この春から大学に進学した僕は、上京という形だったために、地元に残った幼馴染とは、違う道を歩み始めている。1人は、農家である家を継いだ。1人は、地元で漁猟を始めた。それぞれやることは違うが、僕だけは違う場所にいる。それがなんだか、今更寂しく思えてきた。
 大学で、法学を勉強して、国家公務員になる予定の僕と、地元で働く彼らとでは、仕事の都合上で会う事は厳しくなってくるのかもしれない。
 そうしてお互いの存在は、忘れられていく。
 名前を言われても、「え?誰?」。顔を見ても、「エッと……誰だっけ」
 そんな関係に、自然となっていくのだ。
 メールをしようか。――面倒だ。
 電話をしようか。――面倒だ。
 たかだか生まれた時からなにかと一緒だっただけという関係の奴らのために、そんな他人のためだけに。時間を割くなんて考えられない。
 まあ、僕だって他人だけれど。
 人は皆他人なのだ。
 自分ですら、自分で無い。
 自分に関係ない。

 自分がしたことでも、なんだか違うところから違う視点で見ているような感覚になるのだ。
 僕はそれをうまい具合に利用した。
 
 こんな感覚なら、怒られても怖くない。
 僕はどんな非行に走って、警察につかまって、色々な人に怒られて、大学を退学になったとしても。
 ――それを、他人事のように思えるのだ。
 たとえ、何をしても
 僕自身は、ダメージを受けない。
 それを普通だと思っていた。
 だから人は、法を破るのだと。
 しかし小学校に上がって、それは違う事だと知った。
 学校の窓ガラスを割って、先生に怒られた時のことだった。
 僕は怒られ慣れていて、先生の話なんて気に留めず、いつものように心をどこかに出かけさせていた。けれど、その一言だけがはっきりと聞こえたのだ。
「――君には、心がないのか?」
 心が、無い?
 なんでいきなり、そんな話になっているんだ。
 僕は、怒られていたんじゃなかったのか?
 この教師は、いきなり何を言い出すんだ。

 その時は心底、そう思った。


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