誰だって、隠さないといけなくなるような嘘をつく。



「有里―!」
 遠くから、聞き心地の良いアルとボイスで呼ばれた。
 友人である、佐々木神門のものだった。
「有里、聞いてくれ、バスの席、歩佳の隣なんだ!」
 神門は嬉々として語る。よくまあそこまで口が回るものだ。
 僕にはとうてい不可能な話術。少し羨ましいような気もする。
 神門は楽しみを見つけた子供のようにとび跳ねながら、騒がしく、僕の周りで笑みを咲かせていた。周囲の目が痛い。
「み、神門、少し、もう少し静かにしてくれ。」
「あ、うん、すまない。」
 大人しく僕の言う事に従う。この子の従順さは、時々なんでか心配になる。
「歩佳が、隣がいい≠ニ、言ってくれたんだ……。」
 神門は胸の前で指をからめながら、心底うれしそうに微笑む。静かにしていれば可愛いのに、本当にもったいない子だよな。
「へえ、お前たち、そんなに仲良かったのか。」
「あっ、いやいや」手を胸の前でひらひらと振る。「……多分」
 多分?
「……多分、他の子と組むのが面倒だったんだと思う。」
 少し、しょんぼりと。
 自信をなくした、小動物のように。
 なんだこの可愛い生物は。
 ウサギのように見えてるのは幻覚だな。きっとそうだ。神門がウサギとか、天地がひっくり返っても無い。
「で、でも、それで神門を選ぶくらい、歩佳の中で神門は大きくなってるんだと思うぞ。」
 我ながら、苦しいフォロー。
 しかしまあ、これで神門が自信を取り戻してくれるといいが……。
「……そう、だよね。……あは、あはは……。」
 人生、そうはうまくいかないものなんですね。
 暗いオーラを纏う神門は、「チャイム席に遅れてしまう……」と優等生発言をしてから、僕の前から去って行った。
 僕、なにやってるんだろう。
 ちょっと気になる女の子に気を使う事も出来ないのか。
 神門のよわよわしい表情が、僕の頭にちらつく。
 ……うわああああっ。
 とてつもない後悔。
 せめて、同じクラスだったらなあ、と思いながら、僕は廊下を歩く。僕の教室は、個の廊下の突き当たりにある。ぶっちゃけた話、神門のクラスには一番遠い。
 まあいい、帰りを誘おう。それで、愚痴でもなんでも聞いてやろう。いくら優等生の神門でも、不満くらいあるだろうしな。

 楽しみをかみしめて、もうすぐ授業が始まることに気付き、教室の中に戻る。

 ……なんだかんだ、神門と二人で帰った事、ないんだよなあ。

 まだ伝えてもいないのに僕は勝手に浮かれていた。あとあと、凄く馬鹿なことだと思った。



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