もしかしたら明日、僕は空を飛ぶ











「もしかしたら明日、僕は空を飛ぶ」






















長方形の画面からは、慎重な面持ちの男女の姿が覗いた。
重たい唇をようやく開き、「残念なことに」と言葉が紡がれる。
続く言葉は予想ができた。

残念なことに、先日、尊い命が犠牲になりました。

報道されていたのは、常日頃から蔓延る児童虐待についてだった。
それが先日、そう、つい三日前。ついに限度を超えた悪意が形となり僕達の目の前に現れた。
3歳の少女の、痛ましい死。

画面の向こうで児童虐待は許せないとする男の熱弁を、僕はどこか冷めた心を自覚しながら聞いていた。

____やはり血の繋がった子供を、自分の遺伝子を分けた子供を傷つけるなんて、親として、人間としてありえません。小さな体には見合わないほどの深く暗い傷が数多にも見受けられたとのことです。このような凄惨な現状が、今もどこかで息を潜めているかもしれないのです。_____

人間は、死んでからしか擁護してもらえない。
たとえ今もどこかで息を潜めている虐待を子供が訴えたとして。
それを無条件に助けてくれる大人など、皆無に等しい。
緊急を要さないから。親が反省しているから。もうすぐ自立できる年になるんだから。
何かと理由をつけて追い払う。そして彼らはそれを正しいことだと思い込んでいる。
緊急を要してからでは遅いのだ。
死に選ばれてからでは遅いというのに。





ふと、目の焦点が合う。
途端に、思考を邪魔しないべくすべてを遮断していた僕の耳には、騒々しい蝉の音が届く。
鳴き続ける。鳴き続ける。鳴き続ける。
彼らは止まることを知らないようにも思えた。

僕は目を瞑り、少しの間だけ彼らの叫びに耳を傾けた。
それが生殖を目的とした鳴き声なのか、はたまた、自分の命が残り少ない事への嘆きの声なのか、僕には判別が出来ない。
夏にしてはやけに冷たく重たい体を横にして、僕はまた、瞑想した。





そのまま、深く、深く、尊い眠りにつく。




願わくば、この先に訪れる世界で、彼女に出会い、そして、寄り添うことができますように。












僕は明日、きっと彼女と空で出会うのだ。












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