ss.終わる世界に


「びゅーん!」

誰も居ない坂道を、錆ついてガタガタの自転車で下る。澄んだ空気が身を切るように、耳元でごうごうと唸る。

今は何時だろう。忘れられた時間、忘却の彼方、きっとそんな時間帯だ。

僕は今、一人で楽しく暮らしている。……いや、でもちょっと淋しいかな。


終わりが無い自由時間は、人から本質を奪って行くらしい。僕はもう時間という概念を忘れてしまうほどに遊び呆けて、僕自身を失った。何もやることがない、ただ退屈な時間を浪費するだけ。

まるで、ただ酸素を二酸化炭素に置換するだけのマシンのようだ。たとえどんなに陽気な歌を歌えど、どんなに叫び、喚き散らそうと、小鳥も草木も、何の興味も示さない。

僕は今、無だった。


ガシャン!と、割れる音が前輪のほうから鳴り、静かな坂道の中空に僕の体が投げ出される。

昔よりもずっと蒼く深い空と、地表を照らす太陽が、視界を巡っていく。

皆は何処に行くの?明るい未来?今よりもっと良い世界?

馬鹿だなぁ、僕たちの役目はスイッチを押すこと、それだけで終わりだったのに。


「アッハァ!」


空を舞っていた僕を、虚ろなコンクリート製木偶の坊が受け止めた。

ボルトが僕の背中の皮を突き破って、体を貫通する。

きっと滅茶苦茶痛いんだろうけど、その痛みすら、今の僕には快感に思えてしまうみたいだ。

けっして痛みに悦楽を感じたわけじゃない。

痛覚が死んでるんだ。



「フゥッ……」


爆風にやられ、雨風に削られ、風化した電信柱が、今の衝撃で崩れていく。

磔になった僕は、そのまま身を任せる。死ねるもよし、死ねないもよし。

どうせ結果は、無だ。



ガシャリと、僕の背中に堅いものがぶつかる。

天地が歪めば、何かが見えると思ったけど


結局死ねなかったな。



終わる世界に一人残された僕。

何もない、ただ死んだ世界という牢獄に、僕は終身刑で服役中だ。


罪状は、世界の人間全員を皆殺しにした罪。


きっと、これが物語の終末の先の終末だ。

たとえどんな美談だろうと、どんなメルヘン世界だろうと、世界はここにたどり着く。


ここはロストアワー。全ての時間が行きつく終着駅。



人が生きていく理由、ずっと、ここ最近ずっと考えてた。暇だから。

導き出せた答え、それがこれ。

人間が生まれた目的=地球を終わらせること

そんなアンサーだ。



ここはもう動かない。

ここに迷い込んだ僕は、今のところ死ねてない。ほら、もう傷口は消えてなくなった。

核戦争のスイッチを甘んじて押した僕が、今生きている。


だれもいない、この場所で、僕は一人楽しく暮らしている。



「これが答えさ。」



ひとり虚空に呟いても、返事なんか来るはずもない。

あぁ、この、何も感じない状態。


僕が狂って行く感じ。



ゆっくりと死んでいく感じだ。


世界が蒼く染まっていく。



「誰か居るの?」



風の声が耳を揺らす。



「居ないよ。誰も。」



世界は巡る。



ここは全ての終わりの場所。

そして、全ての始まりの場所。



それが、この世界の全て。

下らないのさ。



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