ジリリリリ、と目覚まし時計が部屋に鳴り響く。
それを毛布に包まったまま手を伸ばし止めると、布団から起き上がり背伸びをする。
目をこすりながら立ち上がり部屋を出ると、小走りで洗面台へ向かい顔を洗い歯を磨く。
また部屋へ戻ると、クローゼットからスーツを取り出し寝巻きから着替え、長く伸ばしたその黒髪を1つに束ねる。
「……よしっ。」
そう、呟くと同時に扉をノックし、1人の雄の鳥人が入ってくる。
「あ、しょうゆさん。おはよう。」
しょうゆさん、と呼ばれたその鳥人は低く柔らかい声で挨拶を返すと、
「お砂糖、支度は出来たのか?」
と尋ねた。
「バッチリですよ。行きましょう。」
お砂糖、と呼ばれた人間は笑顔で答えた。




街の中心部にある新築の高級マンション、その最上階に2人は住んでいる。
マンションから徒歩数分のとこにある会社がある。
株式会社パンデモニウム。そこは社員全員が悪魔で、3級悪魔から特級悪魔までの悪魔が勤めている。
魂を対価に願いを叶える。それが彼らの目的である。
2人もそこの社員であり、しょうゆはそこの代表取締役だ。お砂糖はその秘書——表向きは、だが——をしていた。
いつも通り正面入り口から入り、エレベーターに乗り取締役室のある階まで向かう。
「今日で一ヶ月だな。」
だんだんと高くなる景色を見ながらしょうゆが言う。
「何がですか?」
お砂糖がそう聞くと、しょうゆはお砂糖の方へと顔を向ける。
「キミが悪魔になってから今日で一ヶ月だ。」
「あー……。もうそんなになるんですね。あっという間ですね、一ヶ月。」
「……。」
そう返したお砂糖を、しょうゆは何か思いつめたような表情で見つめる。
「しょうゆさん?」
お砂糖に呼ばれ、はっ、としょうゆは我に帰る。
「そ、そうだな…。」
しょうゆが言葉を返すと同時にチーンと目的の階層へ着いた知らせが鳴る。
エレベーターから降り、廊下をまっすぐ進む。半分ほど歩いたところに取締役室がある。
2人が部屋へ入ろうとすると、中から1人の雌の犬人が出てきた。彼女も、取締役の1人である。、
「あ、おはようございます、しおさん。」
「おはよう、お砂糖。それとしょうゆ。」
しお、と呼ばれた犬人は無愛想に返す。
「どこか行くんですか?」
「あぁ、ちょっとな。」
お砂糖の質問にそう答えると、しおはお砂糖に聞こえないようしょうゆに耳打ちをした。
「一年前のあの事件について話がある。後で屋上に来い。」
しょうゆは小さく、分かったとだけ返事をする。
その2人の様子をお砂糖はあまり良く思ってない表情で見ていた。それに気づいたしょうゆが、
「どうした?」
と、聞くとお砂糖は、
「なんでもないです。早く入りましょう。」
早口で返した。




部屋へ入り荷物を置くと、お砂糖はたくさんある棚からいくつか書類を取り出していく。
しょうゆはその様子をじっと見て、またなにか思いつめた表情をする。
「背、伸びたな。」
少し悲しそうな声でしょうゆが言う。
「そうですかね?あんまり変わってないと思いますけど。」
「自分じゃあまり気づかないものだ。それに一ヶ月前より老けたしな。」
「怒りますよ。」
そう言いながらも手を止めることなく書類を、取り出していく。
取り出した書類を、ドンッとしょうゆの机に置く。
「なんでそんな悲しそうな顔してるんですか?」
「いや……ちょっとな。」
特級悪魔は、不老不死である。背も伸びなければ老けることもないし、死ぬこともない。
お砂糖もしょうゆも特級悪魔である。が、なぜかお砂糖は悪魔になったその日から人間だった頃と変わらず成長が進む。
しょうゆは、特級悪魔は不老不死であること、なのにお砂糖の成長が進んでいることを本人に言い出せずにいた。
「ふーん……。変なしょうゆさん。この書類、午前中に片付けてくださいね。私はしらすさんに用事があるのでちょっと営業部まで行ってきます。」
そう言ってお砂糖は部屋を出て行った。
1人の残されたしょうゆは、はぁ、とため息をついた。





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一年前、日本中で大流行した体感型オンラインゲームがあった。
ル・レーヴと言うそのゲームは複数人でチームを組み、仮想空間の日本で異形の者達を倒し、たまに協力し合い平和を取り戻すという内容だった。
『準備オッケーだよ!』
黒髪のショートカットの少女はササッとスマホで掲示板に書き込んだ。
『私もオッケーだよ〜。』
『俺も。』
少女が書き込むとすぐに複数人から返事が来る。
それを見ると少女はスマホをしまう。
「今日は3人かぁ。」
そう呟きながら機体の中へ入っていく。
ゲームデータは、それぞれ始めた時に発行されるカードに記録される。
少女はカードを差し込み口に差し、準備を始める。
荷物を横に置き、いかにも実験で使うような装置を頭にはめる。
そしてカードの差し込み口に横にあるボタンを押す。
すると機械が作動し、ゲームデータを確認中、というアナウンスが流れる。
『ゲームデータが確認されました。ごゆっくりお楽しみください。』
アナウンスがそう言うと急激な眠気が襲ってくる。
少女はその感覚にあまり慣れてないのか、うぅ、という声を上げる。
目がさめるとそこは仮想空間。
目の前にはクセっ毛の少年がいた。
「よう、季節。来たか。」
「お待たせしました蠍さん。」
季節と呼ばれた少女はその少年、蠍へと近づいていく。
「飛鳥ちゃんは?」
「それがまだ来てないんだ。…ったく。何してんだよあいつ……。」
そう言って蠍がため息をつくと遠くからおーい!と、大きく手を振りながら駆け寄ってくる。どうやらこの少女が飛鳥のようだ。
「ごめーん!ちょっとお花摘みにいってたら遅れちゃった。」
「その表現やめろよ…。」
呆れ顔の蠍にそう指摘され、飛鳥はエヘヘと頭を掻く。
「で、今日はどうするの?」
2人を交互に見ながら季節が聞く。
「今日は3人だけだしな、遊園地方面かな。」
「やったー!遊園地!」
遊園地という言葉に飛鳥は両手を上げて飛び跳ねる。
「遊びに行くんじゃないんだぞ…。」
「わかってますよーだ!」
「あ、飛鳥ちゃん…今日も元気だね……。」
季節が若干疲れたような感じで言う。
「飛鳥ちゃんはいつでも元気100倍だよ!!!」
両手を上に上げピースする飛鳥を見て、2人ははぁ…、とため息をついた。






遊園地へ移動し、いつものように敵を倒す。
武器を使い、魔法を使い、固有スキルを使い……。
チームで決めていたノルマを達成すると蠍が声を上げる。
「そろそろ一旦退がるぞ!!」
その声に季節と飛鳥は頷く。
ここまではいつもと何ら変わらない。
この後はエリアをでて準備を整え、またエリアに戻りエリアボスに挑むだけだ。

しかし今日はいつもと様子がおかしかった。
「あれ?」
エリアから出られないのだ。
確かに門は開いてる。なのにそこには見えない壁のようなものがあり、それに阻まれエリアを抜けることができない。
「なんだこれ……不具合か何か?」
そう言いながら見えない壁をペタペタと触る蠍。その蠍の袖を飛鳥がツンツンと引っ張る。
「ねぇ、なんか様子が変じゃない?」
飛鳥の言葉に蠍と季節が辺りを見渡す。
周りにいた他チームのユーザーと敵が消えているのだ。
「何が起きてるんだ?」
「もしかして私たち取り残された?」
季節がそう言うと、
「や、やめてよそんなこと言うの!」
飛鳥が季節に向かって怒る。
慌てて
「冗談だよ…冗談……。」
と季節は言った。
ふと蠍の方を見ると、先ほどまでそこにいた蠍がいなくなっていた。
「蠍?」
キョロキョロと辺りを見渡すと足元に蠍が使っていた武器が落ちていた。
「なんで蠍の武器が……。」
落ちていたそれを拾おうとしゃがみこんで手を伸ばすと背後から飛鳥の悲鳴が聞こえた。
慌てて振り返ると、

巨大な黒い影が、

大きく

口を

開け





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「あれから一ヶ月経つけど相変わらずあの3人は目を覚まさないみたい。」
黒髪ロングの少女がため息まじりに言うと、ボンッとベッドに横になる。
『あいつは行方不明だし…。一体どうなってんだ…。』
電話から聞こえてくる声も同じくため息まじりに言う。
「伊予からは何か連絡あった?」
『いや、何も。』
「そっか…」
そう言って少女は一際大きなため息をつく。
しばらく沈黙が続く。
すると突然少女がガバッと起き上がる。
「ねぇ、警団に頼んであいつだけでも見つけてもらえないかな?」
少女の提案に電話の向こうの男はうーん、と唸る。
『どうだろうな。頼んでみる価値はあるかもしれない。』
「でしょでしょ?サスケ明日休みだったよね?」
『え?あ、あぁ。そうだけど…。』
サスケというその男はなにか嫌な予感を感じつつ答える。
「あたしも休みだしさ、早速だけど明日行こう!」
『はぁ!?』
「てことで明日10時に駅前集合ね!遅れないでよ!じゃ、おやすみ〜。」
『え、お、ちょま、フィ』
拒否する隙さえ与えることなく電話を切ると、電気を消し、少女は毛布の中へと入っていく。
少し冷たいベッドの中で少女は少しずつ、ゆっくりと夢の中へと落ちていくのだった。





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「今日で一ヶ月だな。」 s.1
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