イヤホンを外して、天をあおぐ。
しみったれた天井の色が、乱反射する淡い光に照らされているのが見えた。
目を瞑って、シンとした部屋のかすかな音に耳を澄ませてみる。
遠くの方から、くぐもった話し声が、小さく聞こえてきていた。
「彼は重篤な解離性障害を起こしています。早急にカウンセリングと治療が必要です。」
医者の的はずれな声だ。下の階から聞こえているらしい。
リビングのほうで、母さんが診察結果を聞いているのだ。
何故医者が俺の家にいるのかといえば、それは俺を診察するために他ならない。
そう、さっきまで俺は医者の質問攻めにあっていた。
最近親が方々へ出向いていると思えば、家まで出向いてくれる医者を探していたのだった。
親が言うには、俺は精神を病んでいるそうだ。
そりゃあ、口もきかず、部屋からも出ず、砂嵐ばかり眺めていればそうも思うだろう。
しかし、母さんも余計なことをする。
俺のことなどもうあきらめてしまえばいいものを。
俺はもう生きていない。この世に存在する価値などない人間なのだから。
そう、あの日から、俺は生きる意味を失った。
俺がこの世界に居る理由は、なくなってしまった。
……あの日?
……あの日とは、いつのことだろうか。
……あの日とやらに、何があったのだろうか。
……忘れてしまった。
……忘れてはいけないことだったような気がするのに。
……でも、何故だろう。思い出してもいけないような、そんな気がしているのは。
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