気がつけば、俺は散らかったままの生徒指導室に独り立ち尽くしていた。
吉谷 奈美江が拉致されてから、約一時間ほどが経過している。無機質な時計の文字盤が、淡々とそれを告げている。

……失態だ。

こんなことが起こってしまうなんて思いもしなかった……何故こうなる前に止めることができなかった……?
前にも体験していたはずなのに……前に失敗したことなのに何故また繰り返した……?

パンドラの箱の逸話?シュレディンガーの猫?
そんなの、冗談にしても笑えない。

何故あの時俺はあの一言を言ってしまったんだろう。

……そうだ、いつも俺は一言多い。
自分の至らなさ加減の行き届きようには反吐が出る。

そして、そうやって胸の内で卑下しつつも、自分を正当化しようとしている俺が居る……これじゃあ最低の下衆じゃないか!


……誰だ?この筋書きは誰が作った?誰の企てなんだ?御上か?あのロリが面白半分で書いた落書きなのか?

ふざけるな……ゆとりもいい加減にしろ……。



……いや、違う。それは違う。

俺が軽率なだけだったんだ。

今になって、100年前のアイツと吉谷氏がかぶさって見えている。あの時も同じ……。
あぁ、あれは確かに原因こそ憑き神の仕業ではなかった……。だが、彼女もあと一歩のところで俺が止められた!
止められたはずなんだ……。

くそったれ……くそったれ!

何度机を叩いても気が済まない。俺の損得の問題じゃない。責任の問題でもない。

彼女を救ってやれなかった自分が気に入らない。
俺は一体この100年何をやっていたんだ……死神だと?笑わせるな……!

俺には……そんなものを名乗れる資格はない。

どうして俺はこんなにも愚かなんだ……?
神だぞ?俺は、死を司る神様なんだぞ!?


……いや、そんな立場や種族の問題じゃないんだ……俺には最初から、彼女の気持ちなど分かるはずもなかったんだ。

他人の気持ちの理解などしようとするだけ無駄だと、そう言って決めつけて、諦めていたのは誰だ?
他の誰でもない、俺じゃないか。

そうだ。最初からそうだったのだ。

だのに、そんな持論も忘れて人助けだ?俺はいったいどこまで間抜けで馬鹿なんだろう……。

……はは、はははは……馬鹿馬鹿しすぎて笑えてくる。




……それでも。


それでもまだ、暑い。

まだ春先。

夏までは時間がある。

だのに暑い。

妙な焦燥感。

まだ間に合うかもしれない。そんな希望が、脳神経の隅でチリチリと喚いている。

脳裏に彼女の温かく白い肌が浮かび、それがだんだん薄れて行く。

せめて終わりは、苦しませないようにするぐらいは……。


……おい待てよ俺、そんなことしか考えられないのか?

どうにか俺に彼女を救う手立てはないのか?

ない。

……最初から答えなんて出ているじゃないか。

そんなものはない。


俺は果てしなく無力だ。この翼も、今はただの飾りにすぎない。
何の役にも立てない。

……ちゃんと考えたのかよ、おい。

考えたよ。考えたさ!
そうやって考えた上の結論だ!

……ふざけるな、俺は……俺の気持ちはまだ燻ったままだぞ。


後悔?覆水盆に返らず?

俺は時間の神様じゃない?

確かに俺には、記憶はいくらでも改竄できても時間を巻き戻すことはできやしない。

あぁ、そうだ。認めたくないほどに俺は今、何もできないよ。
でもこの気持ちをどうする?まだ希望はある。たとえ小数点以下の遥か向こう側でも、可能性が残っているなら試したい。

それに、時間は不可逆じゃない。

俺の知り合いには時間の神だっている。そいつが時間遡行を許してさえくれれば、過去改変だって簡単にできる……それなら……。


―――――駄目だ!!

駄目だ!駄目なんだ!


くそっ!クソッ!クソッ!クソッ!糞ッッ!!

何で肝心な時に俺は人頼みなんだ!?そんな個人的な理由で時間遡行だと?
許されるわけがないじゃないか……!
勝手な過去の改変はできない!

本当に反吐が出そうだ!俺の浅はかさと腐った根性には!

「――――――アァッ!!

錆びついた椅子を思い切り蹴飛ばす。
激しい反響音と共に、脛に鈍い痛みが響く。

憑き神のせいで割れた窓から、夕暮れの生温かい風が吹き込んでくる。嘲笑うような温度だった。

やわな感情を、その生温かい風とともに振り払うように握りこぶしを振り払う。
ふと、俺は投げ出したその掌を見つめてみた。

ちっぽけな、人間と何も変わらない大きさの掌だ。だが、それを見ていると、確かに自分の中で何かが弾け飛ぶ音が聞こえてくる。

こんなことを許していいのか?……そうだ、彼女の死は、認証してはならない。

俺は他の何でもない。死神だ。

終わらせろ。終わらせるんだ、こんな悪夢は。


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みやまクローク △3泊△ s.1
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