暗い森の中、甲高い口笛の音がこだました。

その音は広大な空に吸い込まれながらも跳ねるように、煽るように旋律を紡いでいく。


夜に口笛を吹くと邪が寄ってくる……という事実を、吉谷 奈美江は誰よりも承知している。

知っているからこそ、彼女はあえて口笛を吹いていた。それも、人気のない森の中、少し小高い丘の上で。
奈美江の旋律はさらに短調の調べを奏で、不気味ささえ感じる音を辺り一帯にまき散らす。

そろそろ来る頃だろう……奈美江は口笛を続けながらも、耳をそばだてた。

森と同化するように、全ての雑念を消し、ただ口笛以外の音を探す。



間もなく、遠くで唸るようなエンジン音が弾けた。



(来た。)

人が口真似しているようなバイクの駆動音が山中を駆けている……ゴーストライダーだ。
奴らの足は汎用オートバイなんかよりずっと速い。きっとすぐに此処を通り抜けるだろう。

――――これでいい、これでアタシも死ねる。


奈美江は静かに目を閉じた。

最後なのだからできれば憑き神に殺してほしかった、けれどそんな贅沢が言える立場であるわけでもない。

言うつもりもない。死に方など本当はどうでもいい……死後の世界がどんなものなのか、それが知りたいだけなのだから。
……いや、それは強がりだ。本当は何も知らないうちに、ふっと楽に死んでしまいたいだけなのだ。


「フフッ……。」

奈美江は小さく嘲笑した。自分自身への罵倒だった。

死ぬことに関しては躊躇いなどないはずだったが、やはりいざとなると頭の中がパンクしそうな自分が、酷く可笑しく思えたのだ。


今さら戻ることは不可能で、もう戻ろうとすら思わないが……

せめて最後に、今際の際のお別れに思い出が欲しい。
それくらいは冥土に持って行ってもいいだろう。


微かな煩悩に目を開くと、そこにはここぞとばかりに満ち満ちた満月が、夜の帳に輝いていた。

あぁ、これなら最後にふさわしい。魂を引き剝がされる前にこんなに儚く美しい物を見れたならもう何も思い残すことはない。


奈美江は目を細めて、もう一度薄く笑った。

……我が人生に、一片の悔いなし。


そんな下らない引用を思いついたその刹那、月明かりに大きな翼が浮かんだのが見て取れた。

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みやまクローク ☆1殺☆ s.1
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