「わぁ…………!」

太陽が水平線から顔を出した瞬間、耀うような光の噴出が起こった須臾、俺の耳元から小さく無邪気な声が聞こえてきた。

その声の主が誰かなど、考えるまでもない。こんな時間にこんな場所をうろつく人間など滅多にいないし、何より俺が彼女の声を聞き違えるはずもない。


「……こう見ると綺麗なもんだな。太陽。」

「……本当だね……!」

彼女の名は梨香。長い付き合いの同級生。


梨香と出会ったのは、小学校に入学した日だった。
俺が初めて経験する教室独特の雰囲気に戸惑っていた時、まるで幼稚園からの友達みたいに話しかけてきたのを、今でも鮮明に覚えている。あの時は、こんなに長く一緒に居るなんて思いもしなかった。

梨香はあの時から全然変わっていない。無邪気に笑う少女のまま、そのまま大きくなったみたいだ。

……いや、それは間違いだな。それなら俺と一緒にこんなへんぴな場所まで付いてきていない。


「……また歩かないとな。」

「……今日も1日がんばろうね。」

「……あぁ。」

山から吹き下ろす風と、海から上がってくる潮風がぶつかり合って、乱気流を作る。
風は無情に去りゆく、何処へ行くとも知れず、ただ流れさすらうだけ。

今の俺たちはそんな風によく似ている。
違いといえば、目的地があるというところぐらいだ。


「……あとどれくらいなんだろうな。」

「……わかんない。でも多分あとちょっとだよ。」


そう言った梨香は、儚げながらも明るい、桜の花みたいな微笑みを投げる。その顔は淡く赤みを帯びていた。
吐息は、まだ秋だというのに白い。


太陽はいよいよ空際を離れて、一日の始まりを告げる。また今日が始まる。逃げられない今日が始まる。

でも俺は……俺たちは絶対に逃げ切って見せると、そう誓ったんだ。俺と梨香と、二人で幸せに溢れた明日まで逃げ切ると。
自信なんてない、もしかしたらこのまま行き倒れてのたれ死ぬかもしれない。それは確かに怖い。

でも何を失うよりも、梨香を失うのだけが一番怖かった。


「……まだ冷えるから、もっと近寄りなよ。」

「うん……。」


そんな俺の言葉は、梨香を気遣っての言葉というより、自分が安心したいための我が儘だったのかもしれない。俺が今抱きしめているのは梨香なのか、それとも俺の夢という虚像なのか……。

そう考えると、胸をきゅうと締め付けられるような感覚と言い様のない不安に襲われて、俺は尚更強く猫背気味の体を抱き寄せた。

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サティスファクトリ (1話読み切り) s.1
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