早朝のグリーンランドは、慌ただしかった。


今日の正午までに突撃艇の整備と、しばらくの分の食料の積み込みを終えねばならない。
急ぐ必要はないとアーサー達は言ったが、ここの兵員達にとって、リグセスの命令ならば絶対に完遂せねばならない絶対事項らしい。


これまでにない循環速度で整備が回ってくるため、メカニック班の面々は皆寝不足なようだが、それでも親身になって作業してくれる。



隊長を失ったアメリカの兵員達を気遣っているのか、皆の眼差しは朝日の光のように優しかった。



「……エリー、大丈夫か?……酷く眠そうだが?」


エリーが声の方向に目をやると、隣に整備調整を終えたアーサーが佇んでいた。
傷つき、劣化した装甲板の交換、すり減った関節の保持強化加工と、僅かの武装追加。たったそれだけなのに、いつもと印象が変わってくる。


「…………うん。」


まだ慣れないボディを軋ませ、アーサーはゆっくりとエリーの隣に腰を下ろす。
何故かアーサーの挙動がぎこちないのはひっかかるが、調整直後だからだと言われればなんとなく合点も行く。


そして、エリーにはそんな瑣末なことを気にしている余裕もなかった。
眠気に負けそうな目蓋を叱咤し、なんとか意識を保たねばならないのだ。



「昨日の夜から一睡もしてないのだろう?……まだ準備にも時間は掛かる。一度仮眠をとってきてはどうだ?」


「ううん……皆頑張ってるんだもん。あたしが寝てる暇なんてないよ。」


強がってはみても、やはり体は言うことを聴かない状況、仕事など出来る状況ではない。
だが他の面々が忙しなく作業を続ける脇で、素知らぬふりで寝腐ることなど、エリーにはできなかった。



「頑張ると無理をするとでは意味が異なる。出発してから暫くは休めない、今のうちに寝ておくべきだ。」


エリーもそんなことは始めから承知していた。でも、これからのことを考えたり、仲間たちの辛そうな顔を見るだけでも胸が張り裂けそうで、とても眠る気にはなれない。
だが今すぐにでも眠りそうな気分に変わりは無く、アーサーには何を言っても上手く切り返されるだけである。
今は休むべき時だった。



「うん……じゃあお茶飲み終わったら寝る。」


「時間には起こすかもしれんが、問題ないか?」


「うん、大丈夫…………ところで、次の目的地はイギリスだったっけ?」


チープな香りのお茶を啜りながら、アーサーのほうにぼやけた目をやる。
アーサーはその問いを受け、エリーのほうをチラリと覗ったが、目が合うと、焦ったように顔をもとの方向に戻した。


「あ……あぁ、そうだ。」


そう言いながらアーサーは右手を壁に張られた地図に向ける。


「イギリスの本島であるグレートブリテン島の南端に、マザーブレインを擁した敵の本拠地がある。そしてそれの反対側、イギリスの北端にレイズナーのラボがある。」


このラボが今回の目的地だ、と付け足して、アーサーは右腕をおろした。
口調はまさにロボットのようで、つらつらと平坦な声の解説がさらに続く。



「レイズナーは、ある計画のためにラボを本拠地と離したようだ。詳しくは知らないが……ちなみにそこは地下にレールウェイが走っていて、往来は快適だ。」



レイズナーは全ての作戦の企画を担っている。そのレイズナーが今回の最重要攻撃目標。


彼さえいなくなれば、自発して作戦計画が出来ないマザーブレインは、進行を停止するはず。


つまり、参謀を失った機械の軍団は自衛団までグレードダウンするという寸法だ。



「だがヘヴンシステム搭載型機が居る限り、作戦発足のリスクは消えない。その後連続してヘブンシステム搭載型機を……」



アーサーがここまで言い終えたところで肩に軽い振動を感じた。
何かと思って目を見やると、その瞬間に嗅覚センサーが甘く可憐な香りを運び、アーサーの思考回路が緊急停止する。



アーサーの肩に、エリーが首を傾げて体を預けていたのだ。




「…………。」


アーサーは思わずあたりをきょろきょろと見まわした。
あたりのメカニック達は気にせずに作業を続けている。


誰にも見られているわけではない、だというのに、アーサーの体は緊張で動けなくなっていた。



「これは……肩になんというクオリティ……。」



その一見異様な、それでいて微笑ましげな光景は、約7時間ほど続いたらしい。

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円卓の機士 第九章 s.1
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