「ここが……村雨探偵事務所……」

千秋は微かに唇を噛む。時刻は朝の9時30分をまわり、あたりの雑踏も激しさを増してきた。

もうこれに頼るしかない……千秋は札束が入った封筒を震える腕で握りしめ、階段に足を伸ばす。


1段……2段……足を手繰り寄せる毎に、胸の奥を何かが叩くのを感じた。


今階段を上っているのは、篠矢 千秋。16歳の少女。
この建物の中にある『村雨探偵事務所』に、彼女は向かっている。

『村雨探偵事務所』は、表向きは探偵事務所と銘打たれているが通常の探偵事務所ではない。

その実態は金さえあれば何でもする、いわゆる殺し屋だ。

その他、闇医者を介する非正規の臓器移植、私怨による嫌がらせから恐喝まで、何でも請け負う。


そう、『汚れ屋』の根城。




靴底が鉄を叩き、重いとも軽いともつかぬ音が、コンクリートに反射して響く。



「…………。」

遂に千秋は階段を上り終えた。

……のだが、薄い扉の隙間から……何やら不気味なオーラが漏れ出ているような、そんな感覚に足を止めてしまっている。

ここは血と怨みにまみれた魔物の住処。そこに足を踏み入れるのは、やはり躊躇われた。


「すぅぅーーーー……はぁぁーーーー……」


一つ大きな深呼吸をして、ドアノブに手を伸ばす。

理性が、側頭部を殴るようにがなっている。目眩と頭痛がひどい。


だのに何故だか、封筒を握りしめると恐怖も震えも何処かへ逃げ去っていく。まるで消えるように。



「……よしっ!」


千秋は扉を力強く引いた。

次へ

流星とパニシュメンター 1 s.1
やめる