ss ウィメン・ビケイム・ア・ウィドウ


ヒュン、と一瞬、暗闇が耀った。

気がつけば頬の横側に、鋭く薄いナイフが突き立っている。
信じられないが、俺が背にしているのはコンクリートなのだ。
それにやすやすと突き立つナイフというのは、一体どんな切れ味なのだろうか?

ゾクゾクする。一度、切られてみたい。

「何を考えているのかしら?女のこと?」

カツカツと、女性靴の底の木の足音が反響してくる。

声にも聞き覚えがあった。昔付き合っていた娘だ。


「久しぶりね、ろくでなし。」

「やぁ、久しぶり。」


抱いた殺意と憤りを隠そうともしないその口調は、真っすぐな昔の彼女そのままだ。
どんなに皮肉を言われようと、殺気を向けられようと、今はそんな彼女の言葉が懐かしくてたまらない。

「何で帰ってきたの……あなたの顔なんて、もう見たくもない……。」

だんだんと近づいてくる彼女の足音。
月明かりに照らされたその目元には、微かに涙が浮かんでいた。

「君が俺を見たくなくても、俺は君に会いたかった。」

開き直り気味に言い放つ。
もう一本ナイフが飛んできてもおかしくなかったのだけど、それはなかった。

ただその冷酷なほどに冷たく、愛おしい目を釣り上げるだけで、あとは肩をこわばらせたまま動かない。


「大事なことを伝えに来たんだ。」

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