漆黒のヘキサグラム・純白のペンタグラム外伝 人狼編10


 漆黒のヘキサグラム・純白のペンタグラム外伝 ~人狼編~

  第十話 「凝固点は起発点」





◇7月19日

 紫乃はたちが悪くなる一方だった。

「ねえ~ぇ~! 哀斜君~! 私に大好きっ!って言ってみて~~!」

「……冗談みたいな半端な気持ちでそんなこと言えるはず無いだろっ!?」

「じゃぁ……本気で愛せばいいんじゃないかな、私を」

 紫乃、いってること分かってるのか?

 僕だからこそ、ブートを抑えられているものなんだ。それなのに上目遣いでそんなこといわれたら押さえきれなくなったらどうする気なんだ。とりかえしのつかないことになったらどうする気なんだ。

 ……なんてな。

 紫乃と出会った当初ならば、僕はささいなことでも慌てて取り乱しただろう。

 でももう落ち着いたんだ。

 それは新鮮味がなくなったとか、慣れてきたとか、ましてや飽きたなんてことは決してなくて。

 そんなことよりも紫乃をとても大切な友人としてまっすぐ見ることができるようになったからだ。

 だからからかいの意味も込めて。ほんのすこしだけ……隠し味程度に、本気になって。

「大好きだよ、紫乃……って、こんな感じでいいかな?」

 でも、目の前に紫乃はいなかった。

 あたりをきょろきょろ見回してもどこにも居ない。

 ツリーハウスの狭い室内で隠れることもできまい。

 ふと、床に目を向けると。

 紫乃は卒倒していた……。

「ちょ、ちょっと! 紫乃しっかりして、ほら、大丈夫?!」

「……はぅうぅあぅぁ……」

 目を回していた。ちょっと純粋な紫乃には刺激が強すぎたということだろうか。

「言いだしっぺだな……もう、くすくす……冗談だってば……」

「じょ、冗談だったのっ!? ひどいよ哀斜君っ!」

 ガバっと急に紫乃はスイッチが入ってしまったように起き上がった。

 思わず、噴きだしてしまう僕であった。

(……大好きなことには、変わりは無かったんだけどな……)

 枕戸村は今日も平和だった。平和だろう。平和だと、思いたかった。

 しかし僕は聞いてしまった。

 先ほど、山の向こうで爆発音が響いたことを……。



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