この超絶排他的にゼネラルな高等学校に設けられた生徒指導室なる教室。俺は今丁度、その教室の出入り口に立ちつくして絶句している。


それは確かに、考えてもみればそんな使用頻度に清掃の必要性と、いろいろ皆無なこの教室をまともな状況に保っているほうが稀なわけなのではあるが、これはそんな人間的思考を一瞬で破綻させるような惨状の最天に値していた。
こんな無残な光景をいきなりポンと提示されれば、絶句するもいたしかたない、というかそうせざるを得ないだろう。

それこそまさに目を覆いたくなるという形容が様になるような光景で、机は埃をかぶり、窓は水垢で外が見えないくらい白くくすんで、辺りには得体も出所も正体もしれない雑多な物がごろごろと乱雑に転がっている。

恐らく低予算が故に整えられなかった物置スペースの代わりとしてでも使われていたのだろう。だが、それだけならまだいいほうで、そのうち使用頻度が落ちて整理を怠るようになれば、それはこの混沌と浪費の象徴ともいうべき光景を生み出すことになる。

特に目を引くのが、型落ちに型落ちを重ねて、更なる経年劣化をまざまざと見せつけるように表板がヤニで汚れた、横倒し状態で放置されたいぶし銀の冷蔵庫。

おそらく最初期の電気冷蔵庫だと思われ、言うなれば博物館級民族的歴史遺産風粗大ゴミといったところで、あぁ、捨てる金をしぶったんだな、と一目で見抜ける、昔のかほりの骨董品であった。


この状況を一言で表すとすれば、因果応報のリサイタル、なんてところが妥当だろうか?
某聞かん坊やでも公園の空き地でやってたのだが、廃棄物のくせにぬくぬくと室内で開催とは生意気甚だしい。


とにかくいろいろと突っ込んで話したいことは山ほどあるこの教室なのだが、今俺にそんな悠長なことを言っていられる余暇は与えられていない。
今目の前にあるのは、一つの命の行く末という暗くてヘヴィな話なのだ。

さて、そんなわけで本題に入ろう。まずは現状説明だ。


俺は今この生徒指導室に、吉谷 奈美江に連れられてやってきていた。吉谷氏は俺があまりの散らかりぶりに呆然としている間に、教室の向こう側の椅子に着席していた。ちなみにこの教室には二人きりである。


リア充爆発しろ!というところだろうか?

だが、俺には今そんな言葉にツッコミを入れるための猶予すら持たされていない。閑話休題と話の導入に使える時間は、既に終わってしまったらしい。


「ここならいいでしょう……?」

椅子に腰かけて、前のめりに肘をつきながら吉谷氏が呟いた。
俺の首筋を撫で上げるような口調だ。一言で言うと、色っぽい。

表情や状況を鑑みても他意はないと思われるが、恐らく彼女という人間はそういう接し方しかできない種類なのだろう。
見るからにコミュニケーションは苦手そうである。つまるところ友達ができなそう。

「何がだ?」

「とぼけないで。」

ははぁ、今時うら若き少女がとぼけないでとは、だいぶ世代の加齢も進んだものだな。という嘆きの一声の代わりに、俺は感嘆の息を漏らした。

だが、本題はそんなことで茶化してはいけない内容だ。彼女を殺すか否か、ということである。
痴話話で風化させてはならない。俺のどうでもいい年より臭い考えなど、脳みその隅っこへと追いやっておくが賢明だろう。


「あなたはさっき確かに、私を殺してくれる。そう言ったわよ?」

「アンタの考え方次第だ、とも言ったはずだが?」

考え方によっては彼女を殺してやる、というのでは、文法的ニュアンスに若干の語弊がある。

正確に言うと、この吉谷氏の考え方によっては、吉谷氏を殺さなければならないというほうが正しい。
死神という種族に持たされた義務のようなものだ。それを果たすことは俺達の仕事の一つなのだ。

それは、死に急ぐ者の魂をうつつに繋ぎとめておくこと。

それは人間の住むこの世界に降りて来る権限を与えられている死神が遂行せねばならぬ一般事務であり、大事な食い扶持を確保するための仕事である。
決して俺だけが無料出張サービスよろしくコビを売っている、というわけではなく、死神という種族の輩は大体がこんな地味ティックな作業を続けている。

では、具体的にどんなことをすれば魂をつなぎとめておけるのか?
それにはまず、生存のために必要だがあまりに非物理的な概念であるが故に、世間に認められていない二つの要素から話して行こう。

人が生きて行くために必要な物が二つある。
そういう風に大仰に言うと大層な物に聞こえるものではあるが、大体はその必要な物を生まれ持っているのだから、特にそう難しいことは無い。

「考える力」と、「希望」だ。

考える力というのはかなり曖昧な表現で、実は俺にもよくわからない。
とにかく何でも思考する意思さえあれば問題ないというのが俺の理解だ。

最近はこれすらも欠けた者が多いのも現実だが……。

それはまたの機会に話すとして、今の本題は後者の「希望」についてだ。

こちら側は生物の、特に人間では極端に失われやすい部類のコンセプトである。有名な話だ。
本当にふとした小さなことでなくなるものだ。例えばいじめ、失恋、失業、ちょっとした日々のいざこざ、エトセトラ……本当にふとした些細なことでなくなってしまう脆弱なものなのである。

そして、その思考力と希望という非物理的で理念でしかない曖昧なものが抜け落ちるということは、それは魂を抜かれると同義にも似た現象を引き起こす。

生存拒否である。


「まず、死のうと思っていた理由を教えてくれないか?」


考える力に関してはこの女は問題ないと推測される。彼女は俺に死のうと思ったと打ち明けようと考えて俺に話しかけている。それだけでも考える力はあると言えるはずだ。
つまり彼女に欠落しているのはその「希望」ではないだろうか?と予想できる。

それに関しては、人の心を見透かすとか、頭の中を覗くとか、そんな破廉恥なことは一切せずとも言える。

ちなみに俺にはそんな能力使えないが。
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