気がつくと、そこは見覚えのない路地の一角だった。
薄暗く、埃っぽい。腐った鉄とヘドロの匂いがする場所である。
不快な感覚。体に、違和感と、圧迫感と、しびれるような痛みがある。
ここはいったい何処だろう?
美弧は、朦朧とした意識を叱咤し、フラフラしつつも首をもたげた。
目を開き、視界を探る。かすかに差し込んでくる光のなか、そこには二つの人影があった。
「はぁ……なんで俺らがこんな誘拐まがいのことやんなきゃならねーんだよ。うっぜ。」
「しゃーねぇべ、練馬さんに逆らったら、ここじゃ俺たち生きてけねーんだからよ。」
太く野太い声。野蛮そうな声だった。
知っている声なのかもわからない。意識がはっきりとしない。
「いっそヤッちまったらどうだ?どーせこんなぐでんぐでんなんだしよ、ばれねーって。」
だんだんと視界のピントがあってくる。
長くまぶたを閉じていたからか、差し込んでくる日光が目に痛かった。
「あー、それもそうだな、こんな美人がこんな場所にのたれてんだ、やらねー手はねーわ。」
どうやらその人影は、二つとも男性らしかった。
屈強そうな、若い男である。顔や服装は逆光で確認しづらい。
「おや……どうやら姫さまもお目覚めのよーだぜ?」
大儀そうに振り返った一人の男が、美弧の意識が戻ったことを感知した。
「ほほう……ずいぶん参ってるみてぇだなぁ……そそるじゃん。」
続いてもう一人も。
以前表情は逆光で伺えないが、心なしか、男たちの口元に、下品な笑みが浮かんだように見える。
その二人の口調は、不快そのものだった。
そう、せせら笑うような、嘲るような。
どす黒い、暴力的な感情。
美弧はそこでようやく、自らの身に危険が迫っていることに気がついた。
そう、美弧はこの男たちに気絶させられた。おそらくここまではこの二人に担がれて来たのだろう。
いや、そんなことは彼女にとって、もはやどうでもいい。
怖い、何をされてしまうのだろう?怖い。怖くて仕方がない。
なんとかして逃げなければ。
そう思ったところで、さっきから感じていた圧迫感の所以に気がついた。
腕と足が、太いロープで縛られていたのだ。
極めつけに南京錠までかけられている。異常とも言える用心深さだ。
そして、口もガムテープのようなもので封じられていた。
必死に声を出してみても、曇った声しか出せない。
助けなど呼べそうもない。
男たちは、下品な笑みを浮かべるばかりだ。
「へへへ……怯えてやがるぜ。」
タトゥーの入った太い腕が、美弧のほうへ伸びてくる。
必死にもがこうとするが、体がしびれて動かない。
助けも呼べない。誰も来ない。逃げることもままならない。
どうしようもなく、唐突に、恐怖だけが眼前に迫る。
絶望を噛み締める暇すら、美弧には与えられていなかった。
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強制進化とセルロイド 2 s.1
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