◆第一章:厄神といふ少年
◇1578年8月3日
カンッ、カンッ!
軽く小気味のよい金音が、汗臭い工房に響き渡っていく。それにしては、私の手にしている金槌は重い。それは私をここへ縛
り付ける垂れた鉄枷のように硬い拘束具のように感じていた。
「あっ……!」
声を短く上げたときにはもう遅かった。
今度は私の手にしていた金槌が、ガラゴロと鈍い金音を立てて、行き場を失って床を滑っていく。私の掌が汗ばんできてつい
すっぽ抜けてしまったのだ。
「あぬぉれ、何をやっている!」
鍛冶場のおくから怒気が飛ぶ。
修羅のような形相でこちらをにらみつけているのは、この工房の親方だ。
少し肥えたように見えるその体型は、私にとってはただ体格のいい大男として畏怖するしかない対象だ。
「もういい。おぬれが扱うと鋼が冷えてしまって全てダメになる! 今日はもう帰っていい」
親方は語尾まで荒げて帰れといった。
しくじってしまった私には、もうどう反論することも出来ない。ただ、頭を垂れて怒鳴られるか、ここから潔く去るか。
親方の説教を聴いていると耳に胼胝(たこ)が出来るかもしれない。よって私は早々に持ち場を去ることしかできなかった。
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【小説】厄之神:第一章「厄神といふ少年」【著:ジャトゥー】 s.1
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