城前学院に、春の風が吹いていた。
桜の花びらが満開の期を謳歌し、風は暖かな南風である。
もう季節は5月を迎えようと言う頃だった。
城前学院のとある春の日の昼下がり。
人がまばらに見える屋上の片隅に、一人の少年が横たわっている。
その少年の名は、四十万屋 誠。
彼はその右手に、真っ赤に染まった林檎を持ち、浮かんでは消えて行く儚い雲を、何の気なしと言った様子で眺めていた。
心ここにあらずというところだろうか。彼の根っこは陽気であるが、時たまこうしてぼぅっとすることがある。
しばらくすると、四十万屋 誠は寝そべったままで腕を振り上げ、力なく林檎を天に向けて放った。
ゆるやかな速度で太陽へと飛ぶ赤い球体。影はちょうど誠の顔のあたりに落ちる。
その赤い林檎は、ゆっくりと運動エネルギーを消費して、だんだんと速度を落としていく。
エネルギーの全てを失った林檎は、完全に空中で動きを止めた。
そこからそれは、重力に手繰り寄せられるように、だんだんと加速しながら落ちていく。
その力に抗うものは皆無に等しい。
赤い林檎は、落ちて行く。
その速度は加速していく。
誠は落ちてくる林檎を、右手の掌で受け止めた。
「…………。」
誠はそんな林檎に小さく一瞥送ると、またその林檎を澄み渡る青空へ向けてぽいと放り投げた。
彼はつまらなそうに、ただただ、その行為を繰り返すのみ。
彼にとっては、この「投げた林檎は落ちてくる」という常識こそが、苦痛なのである。
天地がひっくりかえったりはしないものかと、ふとした時にはこういう無意味なことを試してみたりする。
彼はそういう人間なのだ。
誰かがこの世界を作りかえるのを、待っているだけなのだ。
何回か林檎は往復したが、まだ誠は林檎を投げることをやめない。
もう一度天高く、宙へと林檎を放り投げる。
また、この林檎は戻ってくる。
天地はひっくりかえったりはしない。いつまでも変わることなどない。
それがあってはいけないのだ。それは因果の崩壊を招き、世界は終わりを迎えるだろう。
だから誠は、既に半ばあきらめていた。
小説の中のきらびやかな生活も、テレビの中のヒーローも、実際には居やしない。
自分一人がそんな幻想に取りつかれていたって、世界の融通は動いてくれないということを、認めようとしていた。
だが、今度の林檎は、落ちてくることはなかった。
何故なら、その赤い林檎は、視界の隅からニョキリと生えた、紺黒くてゴツゴツとした、男らしい太い腕に、むんずと掴まれてしまったからである。
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強制進化とセルロイド 1 s.1
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