僕は学校の課外になると、すぐさま市立病院へ向かった。
 小脇には“一冊の絵本”を抱えて……。

 僕が用のあるのは個室病棟の3階だ。
 あの娘が僕を待っている。
 それを考えるだけで、自然と階段をのぼる足もリズミカルになっていく。
 気持ちと心拍が二乗比例のようにぐんぐんと高ぶっていくのが自分で分かる。
 病院特有の、白く清潔感のある廊下。
 壁の名札をたどっていくと目当ての部屋はあった。

「324:高橋 智鶴」

 ・・・・・・ここだ。

 あまり音を立てないように、コンコンッと扉を叩く。
「はい、どなたですか?」
 病棟の廊下を澄み渡るような声が響いた。
 この病室の中に彼女は居る。

 その確信がもてたと同時に、さらに心臓は貧乏揺すりを早める。
「僕だよ。橘川」
「あぁ橘川君! どうぞどうぞ、早く入っちゃってください!」
 スライド式のフラットなドアを開け放った先に、彼女は居た。

 病室は個室だから、ベッドはたった一つ。この部屋に居るのも彼女だけだ。
 彼女の名前は高橋 智鶴(たかはし ちづる)という。

 この病院に入院する前は僕の家の近所に住んでいて、そのせいか彼女とは昔からよく一緒に遊んだり、登校したものだった。

そんな生活が中学生の暮れまで続いた。

 ある年、智鶴は僕より一年先に高校に進学した。

 だがそれからまもなくのことだった。

 智鶴が、ある病魔に蝕まれこの市立病院で寝たきりになってしまったのは。

 僕は初めこそショックだったものの…・・・いや、今もショックから立ち直れていないのかもしれない。

 とりあえず、彼女が入院生活を始めてからずっと見舞いに通い続けた。

 もちろん雨の日も風の日もというわけではない。

 何日かいけない日があったりしても、智鶴は何も言わなかったし、僕も特に何も言わなかった。

 そしてやがて僕も高校へ進学。

 希望したのは意図せずして智鶴と同じ高校。

 今現在となっては僕は二年生。入院してから時が止まっている彼女はまだ一年生。

 立場逆転、という気はないが外見上は僕のほうが学年は上だ。

 見舞いに通うことは、今日まで脈々と続けている。

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It's a elezy(最終話まで直通、読み切り) s.1
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