南に浮かぶ真昼の太陽。その恨めしいほどの日差しを浴びるその男の姿は、嫌に涼しげだった。
この気温と湿度で汗一滴すら滲ませず、ただひたすらに、開け放たれた窓の外の明後日を見つめている。
机の上には意味不明瞭な計算式がビッシリと書き込まれていて、その光景だけを切り取って眺めてみたらそれだけで異様な光景で、薄気味悪い。
だが、俺の思考が異常なのか人の性なのか、その異様な空気と違和感が、好奇心をこれでもかとくすぐって仕方がない。
「央佳……考え直す気はないの?」
「ねぇよ。」
涼香はうつむいた声を俺に投げかけて来る。
不安なら付いてこなけりゃあいいのに……親切すぎるんだよな、コイツは。
さてと、油を売るのは終わりだ。
直に昼休みの終わりを告げるチャイムも鳴るだろう、さっさと要件を済ませねば。
俺はゆっくりと黒枝の机に向かって歩き出し、生気の抜けた体を椅子に沈ませる黒枝に向かって何気ない口調で声をかけた。
「よぉ、あんたが黒枝か?」
「…………。」
黒枝の頭がこちらに向く気配は無い。それどころか、ピクリとも動かず口も開かない。
まるで俺の声が聞こえていないようなそぶりだ。この距離で聞こえないはずはないのだから、これは無視されたと考えるのが自然だ。当然、頭に来る。
「おい!聞いてんのか?」
少々怒りを含んだ声で、今度は何気なくではなくしっかり通る声で言った。
そこでようやく、黒枝のだらりとした頭が、こちらにむかってひねられる。
「……呼んだか?」
その目に生気は皆無と言っていいほどなく、まさに魚が死んだような目ってところだ。
本当に生きてるのかも疑わしくなってくる。
「あぁ呼んだ!一回で反応しろ、一回で!」
「……転校生様が、俺になんか用か?」
体中隅から隅まで脱力してやがる。もうまるで水揚げ1時間後のイカタコアメフラシあたりみたいにぐでんぐでんだ。
どこの漁場から運ばれてきたんだ?築地か?大間か?
「とりあえず挨拶して回ってんだよ。ほら、まだ転校したてで右も左もにっちもさっちもどうにもブルドックだからな。」
「フォーリーブス!?央佳今何歳よ!?」
「ネタ古ぃよ、それ分かる奴いるのか?」
「てめぇらにわかりゃあいいんだよ。」
とりあえず冗談は通じる相手のようだ。少しホッとするな。
冗談も分からんような奴と話をするのは、こっちからしてもかなり疲れる。ネタの新旧は別として。
俺が旧世代的なネタをぶっこんできたのに呆れたのか、黒枝はうろんそうに体を起こして、一つ大きな伸びをした。
その動きの余波で、冷たい風がこちらに流れてくる。
確かに3℃も低いと涼しさを感じるのだが、心地いい冷たさかと言うと、それは違う。
毛羽立ったような、多感情的な冷気だ。涼香の表情も心なしか厳しくなった気がする。
これが、黒枝の領域……。
「……どうやら、噂は真実のようだな。」
「あ?……あぁ、なるほど。」
黒枝は俺のそんなセリフを聞くと、よっこらと腰を上げて立ち上がった。
身長は意外と高く、170cm後半くらいで、俺よりもちょっとでかい。
ざんばらに切られた髪の毛は様々な方向に跳ねていて、寝起きを完璧に保存したままのような状態。服はストライプの入ったYシャツにダークブルーのジャケット、下はダークリブグリーンで、スプラッター迷彩のチノパンツ。
その体から発される威圧感とたるや、筆舌しがたい。
見た感じは、隅から隅までどっからどうみても腑抜けたダメ男子高校生だというのに、何故か跪いてしまいそうになる。
そんなプレッシャーを放っていた。
「で、何が聞きたい?噂を聴いてきたんだろ?」
平坦な口調、というわけでもないのだが、気力の抜けた声で黒枝は俺に問いかけてきた。
「俺はただ理由が知りたいだけだよ。」
「何の?」
「この重っ苦しい雰囲気と違和感の、だ。」
少しでも気を抜くと心が折れそうなプレッシャー。
敵意じゃないのは分かる、殺気とかそういうものじゃない。だが、正体が分からん。
リアル
俺はそれが知りたい。現実に影響を及ぼすほどのエネルギーの真相が知りたいのだ。
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シニカルナイト・ダークネス show,02 s.1
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